HIROYA(格闘家)と野久保直樹(タレント)
どう考えても兄弟だろ常考

諸岡奈央(空手家)と諸岡なほ子(世界ふしぎ発見ミステリーハンター)
姉妹じゃないとか奇跡だよ
管 啓次郎先生とのマンツーマン授業が終わった。僕には豪華すぎた。
ノーベル文学賞受賞(ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ・著)のフランス語作品の和訳とかしてる人。
総合文化ゼミナール『宮澤賢治を読む』
希望者少なく生徒は僕一人。全12講お疲れ様でした。だだっ広い教室で交互に朗読しあう授業はなかなかシュールでした。この講義を舞台にした管さんをかなりネタキャラに扱った文章を秀丸で作りましたが載せれません。
フランス語の辞書3時間くらいボーっと読んでた。
語学ってのは面白いね。ネット社会をより幅広く生きるために英語とか学んできたのかもね。
一日潰せるわこれ、2月3月はフランス語スペイン語で埋めようかな、入院中も。
夜の上空。シート脇の楕円の窓から切り取られる景色に変化がでてきた。
宇宙空間のそれに似た漆黒の闇の遥か前方に一面オレンジ色の、畑のような光がいつのまにか広がっていた。世界二位の面積を持つ空港、デリー国際空港である。
汗ばんだ肌にまとわりつくような生温い風は、昼過ぎまで滞在していた華南最大の都市・広州のそれとはまた違う、その地特有の癖の強いスパイシーな匂いを含んだものであった。
泥を練って作った紙くず、と言ってもよいほど汚い紙幣へ、約4万円の換金を済ませた。免税店を横目に空港出口へと向かうところで見た光景に僕は衝撃を受けた。
自動ドアまでの15m、幅5mといった通路の両側に設けられた鉄柵に群がっている褐色のインド人の群れ。その数ざっと120人はいるだろう、その全員が狙いを定めたかのように、といっても狡猾な視線ではない純粋な視線をこちらに投げかけ、熱気の篭った空港出口でしきりに僕を勧誘していたのであった。
何語か分からない。ヒンドゥー語か英語か、とにかく雑多な言語を120人あまりが僕に投げかけている。
ここに眩いばかりのフラッシュでも加われば、さながらハリウッドスターの到着を今や遅しと待っていたマスコミの取材陣だろう。15m程先の薄汚れた自動ドアを潜り抜けた先の世界もこうなのであろうか、青いナイキのショルダーバックを下げた小柄な日本人に浴びせられた、容赦ない客引き合戦は、今回のインドの旅を象徴するものであった。
カルチャーショックを受けている僕を通り越し、平然と空港出口へスタスタと歩いていくビジネスマン風インド人に彼らは目もくれず、ただただ褐色の120人余りが目を逸らさず僕の注意を惹きつけよう必死になっている。
「タックシ、タックシ! ヘイ、タックシー!」
嫌々ながら覚悟を決め、その通路を一気に通りかけた僕に、予想通り鉄柵の左右から手が伸びる。5m幅の通路は3mまで、いやもっと、縮まった。
彼らが指で指し示す数字はニューデリーまでのタクシー運賃を示しているのだろう。露骨に足元見られた数字なのは考えるまでもない。
鉄柵越しに設えられた彼らのひしめき合っているスペースは唯一彼らに与えられた客引きを許可されたスペースなのであろう。僕の姿は彼らの網膜には金にしか映っていないようである。ふざけたような表情でない、純粋な瞳で客引きをする彼らの目には僕はお金が出てくる打ち出の小槌にでも映っているのであろうか。
続く(かも)
文章の練習みたいなもの。ブログの方針探りで。
ザリがウパの餌を横取り。お前にはお前用の餌やっただろと。ウパ用の餌はお前にはでかいだろと。
てかザリガニって水を汚すのね。ムシャムシャ横取りするだけでなく食べかすが散乱すんのね。
ザリガニはベアタンクじゃなきゃ飼えないなと理解。砂利だと隙間に入るから物理濾過効かないかもだぜ。バクテリア増やして生物濾過に期待せなアカン。
アクアリウムって難しい・・・
都合上90cm水槽に今日からタンクメイトとしてアメリカザリガニが入ってきました。3ヶ月ぶりのタンクメイトにも堂々たる存在感でスペースの9割を確保してます。ってか仲良くなるのでしょうか。
殺る気満々のザリが正面から向かってきても全く微動だにせず眼光一閃、パニックに陥ったザリはバックステップでぶっ飛んでいきました。さすが先輩です。まさに柔よく剛を制した形。仲良くしてくれ。
アメリカザリガニ(スーパーレッドザリガニ)飼育日誌。
1/19(日)、水槽の手間隙を省くためウーパールーパーと同じ90cm水槽に引越しとなりました。

こんなに可愛かったあの頃。3ヶ月前の写真です。
クリクリっとした目が可愛く、無垢な瞳でカメラに向かって「?」な表情です。
どんな餌でも必死で飛びついておいしそうに食べていました、本当に可愛かったです。

3ヶ月後はこれです。育て方が悪かったのかね?
随分可愛くなくなるもんです。60cm水槽時代が不満だったのかね?
確かに60cm水槽が汚かったのは謝る。新しい綺麗な90cm水槽で心を癒してくらはい。
周りの人間に苗字が「な行」以降の人間が必然的に増えていくことに気づいたのは中学に入ったか入らないかの頃だった。
苗字と性格には強い関連性があると昔から信じている。
「あ行」や「か行」、「さ行」、出席番号が若い方の人は明るく社交的、誰とでも朗らかに話し、人当たりがよい印象、髪のイメージで言えば明るく思い切って金髪にしちゃったりする人が多い、というものが僕の中であり、どちらかといえば外交的なイメージが強い。
一方僕を含めて「な」行以降の人間は、どこか心の奥底に黒い歴史を抱えていそうな、得体の知れないオーラとポテンシャル、どことなく内向的なイメージが昔からあり、少なくとも「バリバリ真面目ですっ!」って感じの人は見当たらない。
「あ行」の人間は出席を取る際に元気よく返事をしなければならないプレッシャーがある。担任教師が
「よし、出席を取るぞ」
なんて言おうものなら、一番前の相澤さん、もしくは青木君なんてのは否応なくピリッと緊張するものだ。それが新学年始まって早々のことなら尚更であり、先陣を切って明るい自分というものをアピールしなければならない。窓際一番前、出席番号1番の彼らに必然的に視線がいく。クラスメイトの新しい顔ぶれの数々を点呼される名前を聞きながら覚えようとする人もいるだろう。そんなこんなで先生が教卓の名簿を手に取った瞬間から相澤やら相川なんかには緊張が走る。初っ端から気の抜けた、ドロローンと「ぁ〜ぃ」なんて返事をしようものなら大事な大事な第一印象はもうぶっちぎりで奈落の底にランクインというところ。クラスの女子からの「なんかあいつだめじゃね」的な視線を感じてしまうかもしれない。その1番目が女の子の場合は更にシビアだろう。仮面を被ってでも明るく振舞い、キリッとした返事をすることを迫られてくる。ところが点呼の終盤になるともう教室の緊張は解け、もはや自分の点呼が終わった人間は、後のことはあまり興味がない。「な行」を過ぎたあたりからもうクラスの人間はあまり点呼を聞いていないのが現実であり、大抵気の抜けた返事になっていくし、ま行あたりから返事の音量もギリギリ聞こえるかってレベルになってくる。
それでいて出席番号の1番や2番の不運な彼らの悲劇はまだ終わらない。月曜日の朝、校庭、天気によっては体育館での朝礼。クラスごとに1列に並んだ出席番号順の並びも相変わらず不公平であり、「あ行」の人間は常に教員たちの厳しい視線が向けられる。筋骨隆々の生活指導の教師なんかとしょっちゅう目が合って、視線ロックみたいな感じになる。けして朝礼中の私語なんか許されない状況であり、あ行最前列の彼らは、校長の立つ台の横に並ぶ担任教師陣らからすれば、自前のクラスのいわば「サンプル品」のようなものである。いかにしつけられているクラスか。きちんとした自分の指導が行き渡っているか。そんなクラスの列が後ろのほうにいくに従って私語が増えてくる。列の並びも「は行」あたりからくねくね曲がっていったり、生徒によっては違う組の列に混じってくちゃくちゃ話していたり、座ってたりするものさえいる。それで注意すらされない
そんな不真面目な彼らは大抵「や行」「わ行」の連中である。
****
大抵の場合、出席点呼の最後尾は大抵「渡辺」である。日本人の誰もが暗黙のうちに分かっている大常識であり、異論を挟む余地はないといえよう。そうそういない和久井(涌井)君、若林君も、どんなに意気込んで新しいクラスに入ってこようと「わたなべ」の前には残念ながらあと一歩というところで無情にもアッサリと切り捨てられ、打ちひしがれることになる。渡辺を超える苗字はそうそういない。残念ながら日本に「を」や「ん」から始まる苗字はいないであろう、それゆえに鉄壁の「わ」行を矛先に構えたその巨悪に対抗しうるのは、残念ながら同じ「わ行」の人間しかいないことになる。
確かに渡辺は強い。「わ」から始まっている時点でもう敵はまばら、というよりほとんどいない。実質、いるとすれば綿貫さんくらいであろうがこれはまず見ない。
しかし強い存在に弱点はつき物、渡辺にももちろん弱点は存在する。お察しの通り、続く2文字目の「た」である。
これは武器というにはあまりに頼りない、もはやMPが尽きベギラゴンを放てない、素手で攻撃するしかないマーニャのような頼りなさである。 「わ」の最後の砦を打ち破られたら最後、いつぶち抜かれてもおかしくない。ところが幸い「わ行」の人間は2文字目がそう強くない場合が多く、脇本君も鷲尾さんも、若杉・若槻などの猛者どもでさえもここであと一歩及ばず、夢半ばといったところで敗れ散る。その様はまるでゲーセンのコインゲームの末端ギリギリで落ちないコインのように本当にあと一歩なのである。
渡辺はすぐクラスから出て行く、それも当たり前の顔をして。休み時間の間に必要であればトイレに行っておかなければならない、などという世間の常識さえも、もはや通じない。トイレに行きたかったらその瞬間に席を立つ。外の空気を吸いたかったら席を立つ。席の、もうすぐ右後ろが教室のドアなのである。
それでいてクラスの大多数の人間が気づかないため、クラスの和を乱したり学級崩壊などに繋がる発端となるわけでもなく、驚くほどに、余りにもナチュラルにサッと出て行くことが可能である。前の席の、さしずめ「山田」あたりにも気づかれないように伊賀忍者の如く教室からフッと消え去る。気づくのはせいぜい1つ左の席の「ま行」のブスくらいであろう。教室を抜けよう、なんて思ったその時に出て行くことができるのだ。
「あ行」組の中にも、中には堂々と教室を抜け出そうとする不届きな輩もいる。教室左前から縦で続いてきた席の列が次の右の列に変わる寸前の、遠藤あたりがそんなことを企てるだろう。黒板と生徒の間で忙しく動く厳しい教師の目を注意深くかいくぐり、タイミングを掴むと教室の後ろの白い床の上を、まるでその種の妖怪のようにヒタヒタとドアへとまっしぐらだ。そこで急に不意に後ろを振り向いたジャージの保健の教師なんかが
「おーい遠藤、何やってんだ席もどれ」
などと一喝するのである。そんな様を見て壁にもたれながら足を組み、教室を悠々と俯瞰する渡辺は内心ほくそ笑むのである。生まれながらにして持っている武器が違うのである。
そんな「わ行」の選ばれし連中をうらやむ僕の前に、彼は颯爽と現れたのである。
ピンク色の桜が舞い散る地元の公立中学校の校門。これから始まる中学校という大人の舞台を前にして、緊張と不安でドキをムネムネしながら校門をくぐる僕に、教員のおばさんから配布される一枚の紙。新しく幕を開ける中学校生活のクラス割を示したA3用紙である。僕は5組の36番。小学校のころから常にこのあたりであり、42人クラスとしては妥当な番号である。
出席番号の若い、上の方から新しいクラスメイトの名簿を何気なく見やる。半分は知ってる顔だが、もう半分は隣町の小学校からやってきた輩であり、予想はしていたので特に何も不思議に思うことはない。一緒に来た友達から「クラス別になったな」「そーだな、お前2組か」などとのやりとりがなされるだけである。目線を下に移していくと、その名簿の5組の欄には鈴木こそいないものの佐藤もいれば高橋が2名、中村さえも入っていた。ちょっとベタかなと思う程度で特に不思議ではない。そして最後に同じ小学校であった渡辺の名前を確認する。
「うわ、また俺××と同じなんだけど」
「はは、腐れ縁じゃん」
そんなこんなで新しいクラスに思いを馳せ、A3の用紙を折り曲げ脇に挟みかけたときだった。強烈な違和感。さっき渡辺の下に何かがいた。春の日差しの高揚感からか気づかなかったが、渡辺の下に1行、何かがかかれていた。
渡辺が最後であるという強い観念からかその苗字を確認してから紙を閉じてしまったが、その下に誰かがいた気がする。それも渡辺ではない誰か。
先ほどの名簿を頭の中でフラッシュバックする。確かにそういえばさっき渡辺は41番だった。1組を除いて2組以下は全て42人であることを友人の会話から聞いている。
さては綿貫か、我孫子と書いてワビコ君か、沖縄から来た面白い苗字の人か、はたまたハーフの外人ワトソン君か。
考えがぐるぐる脳裏を巡る。すぐには見ないでクイズ形式にして考えるのが好きだった。しかし好奇心に僕は負け、歩いていた足を止め再び名簿を開く。そして5組の欄。
そこには「圧倒的」存在感、不動明王のような佇まいでそこに彼の名が鎮座していた。何者をも寄せ付けない、公園の片隅の公衆便所で流れないまま年月を経たウンコのように。ジョジョの効果音でいうとドドドド...といった様子で、彼の名は渡辺を押しのけ鎮座していた。
王(ワン)
国内最強なんじゃないかとの呼び声高い「割田」君が同学年にいることを後々知ることになるのだが、その最後の希望の割田君が何人束になってかかろうとも、たとえ下が「んんんん」のようなドラクエのふざけた名前のようなものであったとしても、左手の小指で耳糞をかっぽじる王の前に右手でペチンと片手で叩き落される、そのくらいな「圧倒的」差があった。
ハードレンズを付けたまま寝てしまう、レンズを付けたまま目が乾ききってしまった、
そんなとき唐突に起こるのが「レンズずれ」です。ハードコンタクト一番の欠点といっていいでしょう。
それは急に起こるもので、
「さて仕事をしようか・・・うぉおっ!」などと突然片目の視力を奪われてしまいます。
目をこすったりしたときも頻繁に起こりますし、眼球を上下左右に動かしていたりしていても起こってしまいます。
レンズずれが起こったらそれはもう面倒。ときにはすぐさま元の位置に直せたりする場合もありますが、大抵そううまくはいってくれません。なぜなら眼球全体が乾いているからです。
押したり無理に動かそうにも角膜を痛めそうだし目が痛いし結局微動だにしないし。
困ったものです。
コンタクトレンズのメーカー説明書なんてもんを引っ張り出しても
「指先でレンズを固定し、眼球をレンズ方向へ持っていきます」
なんていう、いやいや無理でしょ!な方法が載ってあります。これで出来たことないぞ
そうこうしている間に目はどんどん乾いていって、もう眼球と斜め下あたりにズレたレンズが一体化しちゃってるんじゃないの!?って状態になります。
目薬をさすと簡単に「ヌルッ!」とレンズ君が動いてくれる場合もありますが、レンズが目に食い込んでる場合にはたとえ何リットル目薬を注入しようと全く太刀打ちできません。それこそLv.1装備なしのチャモロがデスタムーアに素手で攻撃してるくらい意味がありません。
画期的な方法を発見しました。
黒目の真下にハードレンズがずれているとしましょう。白目のあたりが充血してきているはずです。眼球全体を横につまんで圧縮します。
「コポッ」
食い込んでいたレンズがはい、取れました。感動的な音がします、コポッて。
レンズが落ちる危険があるのでキャッチするだけです。
黒目の斜め下にハードレンズが居座ってる場合にはそれらの垂直方向に眼球を軽く潰すだけ、もとい、つまむだけです。
ぜひお試しを。(自己責任で)